物理学部門の佐藤准教授らは、フェムト秒光パルスを反強磁性体という特殊な磁石に当てることによって光の任意の偏光状態を磁石に写し込み、情報記録媒体として書き込む事に成功しましたまた別の光パルスを磁石に当てることによってその情報を読み取ることにも成功しました。この研究成果はNature Photonicsに掲載されました。
鉄を引き付ける性質を持つ通常の磁石はハードディスクなどの記録媒体やモーターなどに広く利用されています。これに対し、鉄を引き付ける性質をもたない“反強磁性体”という磁石はこれまで役立たずだと考えられてきました。しかし反強磁性体は内部に強力な磁力を蓄えているため、電子の回転軸(磁化といいます)の向きを高速に変化させ、テラヘルツというとんでもない速さで動作する素子としての可能性を秘めています。1テラヘルツは1周期が1ピコ秒(10−12秒)に相当する振動周波数です。
どうやったら反強磁性体をテラヘルツで動作させることができるでしょうか?そのために1ピコ秒よりもずっと短い50フェムト秒(50 × 10−15秒)の時間幅の高強度・超短光パルスを反強磁性体に照射する事を考えました。
光は電磁波の一種であり、電場と磁場が光線の進行方向に対して垂直に振動する横波です。電場面の振動方向を偏光面といいますが、それが伝播に伴って時間的に不変な光は直線偏光、円弧を描くならば円偏光と呼びます。
レーザーから照射される様な整った光(完全偏光)であれば、その偏光状態を“ストークスパラメータ”と呼ばれる3つのパラメータ(S1, S2, S3)を使って表現できます。例えば、S1 = 1なら直線偏光、S3 = 1なら円偏光、といった具合です。少し見方を変えてみると、照射する光パルスはストークスパラメータという形で情報をもっているという事になります。
この3つのパラメータの組みを3次元空間の座標として捉えてみると視覚的に表す事ができます。これにより1組みのストークスパラメータは“ポアンカレ球”(図1左)と呼ばれる球面上の1点と対応します。この球面は情報の書き込み・読み出しが正しく行われるかを確認するのに役立ちます。書き込んだ情報及び読み出した情報が球面となっていれば、過不足無く情報のやりとりができたという事です。
この“偏光自由度”を最大限に活用して、超高速に磁石(特に反強磁性体)を制御することを目指しました。
佐藤准教授らは、3回対称性、つまり、ある軸を中心に3分の1回転させると、元の形と同じ形になる性質を持つ反強磁性体に注目しました。この性質を持つ六方晶YMnO3(Y:イットリウム、Mn:マンガン、O:酸素)は、テラヘルツオーダーで振動する、3つの直交する独立な磁化振動モードを有します。
この反強磁性体に3通りの光パルス(S1, S2, S3)を照射すると(図1左)、それぞれに応じてXモード、Yモード、Zモードの磁化振動モード(図1中、図3)が誘起されます。この結果は光の3つの偏光自由度をそれぞれ独立に磁化振動モードという形で反強磁性体に転写できたことを意味します。さらに光パルスに対して時間的に遅れて照射された別の光パルスを用いて、この3つの磁化振動モードを独立に読み出すことにも成功しました(図1右)。
また、偏光がねじれたダブル光パルスを用いて、約1テラヘルツで回転運動する磁化振動モードを単結晶系で引き起こすことにも初めて成功しました。この結果は、振動モードのそれぞれに「重ね合わせの原理」が成り立つことを意味しています。すなわち、ポアンカレ球上の任意の点で示される偏光を持つ光パルスの偏光情報を、磁性体に書き込み、またそれを別の光パルスで読み出せるのです。
従来の偏光メモリーは、偏光ストークスパラメータS1, S2, S3のうちのどれか1つのパラメータの符号(±)を「0」と「1」のビット情報として記録していました。本研究の成果により、3つのパラメータをすべて用いて光の任意の偏光を保存する多重度・偏光メモリーの研究・開発が可能になるものと期待されます。
また、本研究で得られた回転運動する磁化振動モードは円偏光のテラヘルツ電磁場パルスを放出すると予想しています。これによりテラヘルツ周波数帯での円二色性や光学活性を調べることが可能になり、セキュリティチェック、医療診断、分子構造解析、建物の非破壊検査など、幅広い分野での応用が期待されます。
“光の任意の偏光状態を1対1で磁性体に書き込み・読み出す”というアイデアをどのようにイメージ化するかに苦労し、最終的に図1が完成しました。また、その1対1対応をどうやって簡単な数式で表すかにずいぶん悩みました。数式にご興味のある方は、本論文のSupplementary Informationをご覧ください。
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